リカちゃんとタイガーマスク

わたしはリカちゃんとそのお友達をなんだかんだで30体ぐらい所有していた。もちろん、昭和の子供たちのなかではトップクラスに多い。みんな1体か2体のリカちゃんを、それはそれは大切にしていたのだ。リカちゃんハウスを持っている子も珍しかったのだが、わたしは三軒も所有していた。

そんなわたしの好きだった遊びは、もちろんリカちゃんごっこだ。

「こんにちは、わたしリカちゃん。ねえねえ、わたしのおうちに遊びにこない?」

ひとりでしゃべって、別の人形にお返事させる。そのお返事ももちろんわたしだ。ワールドイズマイン。引きこもり育成コースのように思うんだが、当時はこれを問題視するような時代ではなかった。

そんなわたしを見ていた男がいた。父である。わたしを「男」として育てようとしてジェンダーを著しく混乱させた男だ。わたしを叱るときの口癖は「おまえはノミの金玉か!」である。気が小さいことを言うなということみたいだが、薩摩の血を引く男というのはこれだから困る。長男が生まれないからって次女を男として育てようという腹である。ない。ないから、金玉。

さて父。いくら男らしく育てようとしても人形にドレスを着せてニコニコしているわたしに手を焼いた。ある日、思い立って買ってきた。それはソフビ人形だった。ただし、

 

タイガーマスク

 

だった。上半身は裸体で、青いプロレス用のタイツを履いて、筋肉はムキムキだった。

「これで人形遊びをしなさい」

家長の命令である。ここは従うしかないだろう。水島、しぶしぶタイガーマスクをリカちゃんファミリーのお友達にくわえる。

「こんにちは、リカちゃん、ここをあけておくれ」

リカちゃんハウスのドアの外に佇む上半身裸体の男。どうみても変質者である。

「その声はタイガーマスクさんね。いらっしゃい、みんなでいまお茶をしていたところよ。ケーキを食べていたの。タイガーマスクさんもお座りになって」

(あきらかに椅子と人形の大きさがあわない)

「ケーキをどうぞ。リカが焼いたのよ」

「いただきます。むしゃむしゃ」

「おいしい?」

「おいしいよ。でも僕は男だから。肉を。すまないが肉を、もらえるかな?」

「ステーキね。いまお焼きするわ。いいお肉が手に入ったの。上等なサーロインよ。じゅーじゅーじゅー」

 

すごく、世界観が壊れる。

 

わたしは父が見てしまいそうなときだけタイガーマスク人形を振り回すという忖度を行い、あとはできるだけ自分の目に触れないようにした。これに関しては父も無理を感じたようで、釣りのように「俺流」を押し付けようとはしなかった。

 

もしもし?あたし、リカちゃん。あなたもリカちゃんの焼いた神戸牛はいかが?