峠の水島家 ~猫を六匹引き取りまして

猫六匹との日々と、日常のつぶやき。

君の名は2 ~峠の我が家~

海辺の町からどんぶらこ。平地を走って平地を走って山登り、峠を越えると我が家である。

後部座席に収まったゲージのなかの子猫六匹は静かだった。乗っているのかどうかわからない。一方、わたしは少なからず興奮していた。猫。六匹。見えない重責が我が肩にのしかかる。

大丈夫さ、わたしには小松美彦がいる。この選択は間違ってない。

たくましくなろう。

それから、この家、買ってしまおう。

大家とは良好な関係を築いているし、わたしは震災で持ち家というものに懲りているのだが、猫六匹引き取って貸家で願いますというのもちょっと図々しい。大家は家を買い取って欲しいのだ。わたし次第で明日にも話はまとまる。夫が駐車場で見かけた猫を「猫ちゃん」と言い出したときに「家の買取」は意識にあったが、六匹だったら決まりである。

寅吉(仮名)たちはタダであったが、借家を買い取るというオマケがついてきた。タダより高いものはない。この家、ボロいけど、あの海辺の猫屋敷を思えば綺麗なものだ。新品同様である。それも猫六匹により風前の灯火だな。

まあいいや。

とりあえず家についたのでゲージを空けてみた。猫たちはおそるおそるゲージから出ると、部屋のいちばん片隅の、本棚の一段目に寄り添って身を隠した。貰ってきたカリカリを置き、水を配置し、猫トイレを設置した。こんなもんか?

わたしは自分で猫を飼ったことがない。実家で猫を飼っていたことはあるけど、主に姉が世話をして、わたしは犬の世話をしていた。そのほうが性分に合っていた。だから猫を飼うことには無知なのだが、大丈夫だ、と自分を励ませる理由があった。わたしにはブレーンがいた。黒木君という。北九州出身のミュージシャン(食えない)である。六本木とかのしゃれたところでライブをやってるけど、食えない。クラブのDJだった時代は食えていたみたいだが、食えない(しつこい)。何度も転職しながら食いしのいでいる(しつこい)。彼は大の猫好きなのだ。

「もしもし黒木くん?わたし。突然だけど、わたし猫貰ってきちゃった。猫の名付け親になって」

「猫ぉ? 名付け親ぁ?」

「そう。猫に名前をつけて。名付け親になって」

「自分で貰ってきたんなら自分で名付けなさいよ」

「そうはいかない。愛をこめて悩んでつけてくれ。ちなみに、六匹いる」

「六匹だと?! あんた正気か?」

「失礼な。正気も正気、大真面目だ。小松美彦も言っている。『命の弁別にあらがう』」

「また訳わかんないこと言い始めたし」

黒木君によれば、小松美彦はわたしのアイドルらしい。今風に言えば〝推し”ってヤツだ。心の師と言いたいところだけど、師と仰げるほどにわたしは頭がよくないので推しでもいい。

「あ、ところで猫って何を食べるの? 何を食べさせればいいんだろう」

「僕の家ではキトキトの北九州の刺身でしたね!猫は家族ですからね!自由にテーブルの上を歩き回って、好きにお刺身を食べてましたよ!」

黒木君の家は街金で、彼の家の写真を見たことがあるのだが、サラ金御殿に住んでいる。ようは実家がそれはそれは太い。

カチンときた。

その勝負、受けた。うちの猫にだって刺身ぐらい食わせてやらあ!

「猫ねえ。『一、二、三……』とでも呼んでおきなさいよ」

「それは嫌だ」

「じゃあ、ウィンドウズで行きますか。『DOS、95、98、ME、2000、XP』とか」

「バグが出る」

「じゃあ、違法薬物とか。『シャブ、ブロン、シンナー、大麻、コカイン、、、』ってな具合に」

「冗談じゃないよ!」

「うーん」

「あ、ジャズにまつわる名前とかどう?」

「じゃーずー? 俺、ジャズ聞く奴って嫌いなんですよね」

「決めた。マイルス・デイビスにまつわる名前で。よろ」

当時、マイルス・デイビスを聴いていた。理由はっていうと、なんとなく。

こうして「猫には刺身」というアドバイスをもらったわたしは、おおよそ大丈夫だと思い、風呂に入って寝ることにした。見れば夫は茶の間で裸の大将のような恰好で転がって寝入っていたが、自由が我が家の気風である。みんな思い思いにすればよろしいと思い、わたしもmixiに猫六匹を引き取ってきたことを報告し、寝た。

翌朝起きると、夫は仕事にでかけていた。猫はまだ寝ているのか、姿が見えなかった。わたしは魚屋のあるスーパーに出かけた。カツオ丸ごと一匹が氷の上に載せられていて輝いていた。引き取ってきた日が6月30日。初ガツオの時期は過ぎているが、カツオは美味なはずだ。

「このカツオ、丸ごと一匹お刺身にしてください」

カツオの全身を御造りにしてもらい、発泡スチロールの寿司桶のような入れ物に刺身を入れてもらって帰ってきた。いまのうちに魚屋とは親しくなっておくべきだろう。今後貧困に陥ったときに、ここからサカナのアラなど貰って猫の食事を賄うという可能性だってある。

仕事から夫が帰ってくると、子猫たちが登場した。おそるおそるといった様子だが、部屋のなかをもったいぶって一歩、一歩あるいてあらためている。トイレの砂は部分的に固まっていた。わたしがいないうちに済ませたりしたようだ。

夫がいう。

「きょうさー、寝てたら乳首がなんか気持ちよくなって。見たら子猫がチューチュー僕の乳首吸ってた」

あとで黒木くんにこの話を報告したら、「子猫に乳首を吸われて気持ちよくなるなんて変態ですね!」と罵倒していた。

さてここでカツオの刺身の登場である。探検している猫たちのまえに、桶ごとカツオの刺身を一匹分、差し出した。子猫たちは最初戸惑っていたが、「食べ物である」と認識してからはすごかった。「ぐるるるるるるる」という鳴き声とともに、輪になって総出でカツオを襲撃したのだ。

脇目もふらず、カツオを食う。

カツオはみるみる食い散らかされていった。このへん、野良だった時期のある子猫たちだけある。発狂という表現が相応しい食べっぷりである。

はっはっはっは、我が財力、思い知ったか。

わたしは勝ち誇り、夫にカツオを食い尽くしている猫たちの写真を撮ってくれと頼んだ。あのおばあさんに送るのだ。安心して欲しい。猫は、立派に育てています。

 

ちなみに「猫にカツオを食べさせました」という報告の手紙には、返事がこなかった。不興を買ったような、気がする。